高まりつつある懸念
日本の不動産市場、特に都市部のタワーマンション価格高騰が近年、社会的な注目を集めている。東京23区の新築マンション平均価格が1億円を超える状況は、一般市民の住宅取得を困難にし、深刻な社会問題として認識されつつある。この価格高騰の主要因の一つとして、外国人による投資目的の購入が指摘され、国内で活発な議論を呼んでいる。特に、日本が主要国際都市と比較して外国人に対する不動産購入規制がほとんどないことが、この議論に拍車をかけている。このような状況に対し、国土交通省は2025年5月28日、マンション価格高騰における外国人投資目的購入の実態を把握するため、初めての本格的な調査を開始することを発表した。これは、登記情報を活用し、住所の項目から外国人の購入実態を分析する画期的な試みである。日本の不動産市場が、グローバル化の波と国内の住宅問題との間で、新たな政策対応を迫られている状況が明確になっている。
背景と国際比較
これまで日本政府は、人口減少社会における不動産業の持続的な発展と国際競争力の強化を目指し、海外からの不動産投資を積極的に呼び込む方針を採ってきた。国土交通省が令和元年に出した「不動産業ビジョン2030」には「外国人が暮らし、働きやすい環境づくりを不動産業が積極的に支えていくことが期待される」と明記されており、外国人向け不動産取引の円滑化や投資しやすい環境整備が重要な政策目標とされてきた。日本の税制面でも、固定資産税が評価額の1.4%程度(標準税率)と主要都市の中では低い傾向にあり、外国人に対する購入規制が一切ない「自由な市場環境」が海外投資を誘引してきたことは事実である。東京では商業用不動産だけでなく、都心3区(渋谷・港・千代田)のマンションなど住宅分野でも富裕層の外国人購入者が増加しており、2025年時点では有力な購入層となっている。ただ一方で、海外の他都市のような過熱リスクはまだ限定的との見方もある。しかし、この流れが続けば、いずれは他都市のような問題に直面する可能性も指摘されている。
また他国の主要都市を見ると、不動産市場の過熱抑制のため、外国人に対する厳しい規制を導入している事例が多数存在する。例えば、香港政府は2012年以降、外国人(香港非永久居民)に対して15%の追加印紙税を課し、海外資金の流入を抑制してきた。2022年から2023年には市場低迷を受けて税率を半減させる緩和策も講じたが、規制は依然として存在する。シンガポールに至っては、2023年4月に外国人購入の追加買主印紙税(ABSD)税率を一気に30%から60%へと倍増させ、事実上、海外からの投機的購入を厳しく制限している。ロンドン(英国)も2021年に非居住者購入に対し2%の印紙税サーチャージを導入しており、海外マネー流入への対応を強化している。これらの国際的な動向は、日本が現在の無規制状態を続けることへの再考を促すものである。
政策議論と対応策の模索
国内政治の場でも、この問題は重要な論点として浮上している。5月9日の衆議院・国土交通委員会で自由民主党の谷 公一氏が「国の施策として、このまま放置をせずに、タワーマンションの規制、抑制に取り組むべきではないかと思います」と発言している。さらに2025年の自民党総裁選では、「不動産購入規制」を含む外国人政策が活発な論戦の対象となっていることが読売新聞により報じられた。これは、国民の間で不動産価格高騰が生活に与える影響への関心が高まっていることの表れである。
具体的な対応策として、新たな制度導入の動きも見られる。例えば、神戸市ではタワーマンションの「空室税」導入が検討されている。これは、投資目的で購入されながら居住されていない不動産に税金を課すことで、空室化や将来的な廃墟化を懸念する声に対応し、住宅供給を促進しようとする試みである。この空室税は、外国人購入者による投機的行動を間接的に抑制する効果も期待される。
しかし、外国人規制の導入には慎重な意見も存在する。前述したように、国土交通省は令和元年の時点であるものの、「不動産業ビジョン2030」で、「インバウンド・アウトバウンド投資方策」として、海外からの投資を呼び込むことが日本の不動産市場の拡大に不可欠であると位置付けていた。人口減少が進展する中にあっても不動産業の継続的な発展を確保するためには、こうした新しい需要を取り込むことが重要であるという認識も根強い。過度な規制は、せっかく流入し始めた海外資本を阻害し、不動産市場の活力を削ぐ可能性も指摘される。
現在行われている国交省の実態調査は、これまで具体的な統計データが不足していた外国人購入者の割合や増減傾向を初めて定量的に把握するものであり、今後の政策議論の基礎となる重要な一歩であると言えよう。
今後の展望と課題
日本のタワーマンションに対する外国人規制の導入可能性は、現在、転換期を迎えていると言える。国内の住宅難や不動産価格高騰への国民の不満、そして他国の事例という内外からの圧力が、これまでの「自由な市場」という方針を見直すきっかけとなっている。自民党総裁選での政策論議、そして国土交通省による実態調査の結果は、今後の政策決定に大きな影響を与えるだろう。
しかし、海外からの投資を経済成長の原動力と位置付ける政府・業界の姿勢も根強く、香港やシンガポールのような即座の強力な購入規制導入は、現状では慎重な検討を要するとの見方が日本では強そうだ。
当面は、実態把握を基盤としたトラブル防止ガイドラインの強化、そして神戸市のような空室税の導入検討など、より段階的かつ多角的な対応が先行する可能性が高い。例えば、短期転売に対する重税や、セカンドハウスに対する追加課税など、投機目的の購入を抑制しつつ、真の居住需要や長期的な投資は阻害しないような制度設計が模索されるだろう。人口減少が進む日本において、健全な不動産市場の発展と、国民が安心して住まいを確保できる環境の実現は、喫緊の課題である。国際的な金融資本の流動性と国内の社会ニーズとの間で、いかに最適なバランスを見つけるか。今後の政府、関係省庁、そして不動産業界の対応が注目される。